のう、脳 knows NO.

あかんな、と思い立った。

 

 

今の所、僕は身の回りのことが疎かになっている、目が開いているうちはぼーっとしているかもしれない。それはヤバい、と思うのだけどそれすらも目もとい意識を離した隙にどこかへ行ってしまう。


"特性"を持つ人でも上手に働けるlife hack本を数日かけて棚から引っ張り出し、ホワイトボードとかいいよって書いてあったので、ダイソーへ行って買ってきた。

そのついでに、片付けの本もあるかと思って、図書館へ行った。

最近は、メンタル系の本を借りて"理解"に奔走していたこともあり忘れていたが、ここではなんでも借りれるのだと思い出して、写真の撮り方とかデッサンの書き方とか、やりもしないのにいろいろ借りてみた。

TLには芸術ごとに造形のある人がちらほらいる。うまく表現できないけど、気高く生きていくように見える人たちがそのなかに居る。その人たちは、悪い意味での甘えがないように見える。僕もそうなりたい。アートがわかると、なんだかその辺にも近づけるような気がずっとしている。

僕は、ドラムができて、言語学に興味があって、心理学を覗いてみる、くらいしかリベラルアーツとの繋がりがない。生きている世界を、リベラルアーツを通して理解したいという思いがあって。僕はこの世界のことが何にもわからなくて、わかったらきっと楽になれるだろうなって思いがあって。ma=Fで世界(物理)に言及できるのはよくわかったけど、僕が知りたいのは世界(精神的な。人間が形作るものとして。)なんだよね。世界5分前仮説っていうけど、それはきっと後者のことで。



実態をそのままシることは簡単じゃない。だから、一側面からの視点に過ぎなくても、そこを取っ掛かりにして理解していけると思う。小学生にいきなり圏論教えないように。僕らが産まれた時は何もわからなかった、かどうかもわからないように。


僕は来年(2019年)からも人生が続くってことがよくわかんなくて、多分人生の中で一度も想像したことがない。それは死ぬって意味じゃなくて、ただ頭の中に2019年以降を担当する部署がないんだ。考えたことがないだけで、そんな深刻な意味は持ってない。最近はどうやら、何かあるのだと思い始めたけど、やっぱ観念が抜けきらなくて、せめて今年度が終わるまでにできることは全部しなくちゃって思って、そういう変な行動をしちゃうのよね。

(僕はやっぱり、限界集落なのに引きこもりをしてた事が悔しくてしょうがないんだと思う。産まれてから受け身で生きてきた事が恥ずかしくてしょうがないんだと思う。都市部の人はなんでも知ってる、知識じゃなくて自分のものにしてる。きっと自分から出かけて、楽しくあるいは有意義に過ごせるところがあったのかなと思う。僕は興味のあることをかろうじてネットでガワをなぞったり。対人でやっちゃいけないことを、自分の失敗によってではなく同じような特性であろう人が先にやらかすのを見て学んだり。そういうのを積み重ねてなんとか今の境地にたどり着けた気がする。

そういう意味で、純粋に自己の衝動で始められてある程度モノにできて自分で失敗できた、ドラムとツイッター(ヴネ)はそれなりにBe proud ofの後に続けてもいいものだと思ってる。)

ホワイトボードに、掃除とか、読む本とか書いていったら、こんなにあるの?できるかな?ってなって泣きそうになった。でも、例えば1週間の時間を与えられたら、なんでもできると思う!! だってこないだ、5ヶ月くらい悩んでたことを、心折れそうになったことを最後の1週間でなんとかしたんだもの!!

テキトーでいいんだよ。道は振り返ってみて初めて形がわかるから。